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​飛形山とは?

訪れるだけで癒される、
パワースポットです!

飛形山は「八女富士」とも呼ばれ、
市民に親しまれる標高450mの山。  
飛形山の山頂より眺める夕日の写真
飛形山の山頂にある飛形山の石碑の写真

眺望は、西に有明海から雲仙岳。

東南に阿蘇の噴煙も見られます。

 

また、筑後平野が一望でき、

九州新幹線も眺めることができます。

 

近隣の学校の校歌にも取り上げられ、

その数は八女高校を始め、

統廃合の前では、26校に及びます。

飛形山は古くから、信仰の山として存在し、
八女の郷土の象徴です。
【外部リンク】
【山とは? 山岳信仰とは?】

日本人固有の信仰ではありませんが、

山は古来より神々が宿る場所であり、

他界した霊や先祖が帰る場所として

信仰されて来ました。

​​

九州八女の豪族であった「磐井一族」も、

霊山として、「飛形山」を信仰していたはずです。

その時代は、まだ「補陀落山」と

呼ばれていた古墳時代です。

​​

因みに、磐井一族とは、

西暦527(古墳時代)におきた

「磐井の乱」の豪族です。

その長、磐井ノ大王の墓とされるのが、

「岩戸山古墳」です。

​​

時代を遡れば、神武天皇の父君、

ウガヤフキアエズノミコトが出てきます。

 

詳細は飛形山自然公園内にある

お社の説明書きに記してありますので、

ご興味のある方はご覧になってください。

【​飛形山の歴史】

古墳時代(西暦600年頃)は、

「補陀落山」と呼ばれる観音菩薩の聖地でした。

​​

西暦609年、百済国から来た日羅上人が

十一面観音菩薩、他諸仏を

当山に祀ったことに始まるようです。

​

しかしながら、

落雷により本尊もろとも焼失。

​

後に行基菩薩が小堂を再建し、

本尊も自ら刻んで安置したと言われています。

​​

平安時代(西暦805~1191)に、

藤原高房(藤原鎌足より六代目)が

太宰大弐(次官)として赴任した際、

観音像の造立を思い立ち、

香木を唐ノ国に依頼するも他界。

​​

香木は、唐ノ国から故人を偲んで

その丸太に「日本筑紫高房に寄す」と書き付け、

海に流される。

​

この香木は年月をへて、

都督として太宰府に着任した高房の子、

黄門侍郎が、不思議にも海辺にて発見する。

黄門侍郎は亡き父の遺志を継ぎ、

観音像を彫ることを思い立ちます。

​

黄門侍郎は

「良い仏師に出会うために京都に上れ」

のお告げをうけ、

京都にて名工に出会います。

​

仏師は

三カ月の間、堂内に籠り、

観音像を彫りあげました。

 

その間、

「堂内を決して覗いてはならない。」

という約束付きです。

​

約束の時が来て、お堂を開けると、

観音像だけがあり、

彫った仏師は消えていたそうです。

​​

大宰府に観音像を持ち帰ると、

夜毎に光を放ちながら何処かへ飛んで行き、

早朝には帰って来るという

不思議な事が起こったそうです。

何処に飛んで行くのか?

と、その行方を追うと当山、

「飛形山」でした。

​​

黄門侍郎はこの事を大変喜び、

この地に観音堂を建立します。

以来、「補陀落山」を改め、

「飛形山」と呼ばれるように成りました。

​​

しかし、

山頂の寺院は戦国時代に焼失し、

今日に至ります。

​

時代は移っても、

昔も今も飛形山は、「山岳信仰」の場所です。

​高野山真言宗
神養寺

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​(ヴィパッサナー瞑想)

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【お越しの際のお願い】

 2021年の集中豪雨被災の関係で、現在、通行止めのルートがございます。

 お越しの際は、国道3号線の兼松交差点(標識あり)、もしくは山崎交差点(標識なし)にて、山側に向かって曲がっていただき、「飛形自然公園」の標識に従って、ご走行してください。当寺は「飛形山山頂」を超えた少し先の右手にございます。

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